「18歳で人生決めなきゃいけない?」尾身茂先生×企業人×大学生が語る「自分の居場所を作る方法」

学習支援塾ビーンズ 尾身茂
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目次

クロストークの概要

学習支援塾ビーンズで行われた第二回「全世代に感情力を育む会」。

本記事ではそこで行われたクロストークの様子をお伝えします。

クロストーク参加者は、元新型コロナウイルス感染症対策分科会会長として知られる、会主催の認定NPO法人全世代尾身茂代表理事、児童精神科医の三木崇弘先生、社会の第一線で活躍するビジネスパーソン、そして学習支援塾ビーンズの運営で活躍する現役大学生インターン、ビーンズの高校生生徒たち…

まさに全世代、世代を超えたクロストーク。

そこで飛び出したキーワードは「40代の思春期」「居場所ポートフォリオ」、「「18歳で人生を決めろ」という無理ゲー」などなど…

将来や自身の進路の不安に悩むのは、決して10代だけのものではありません。
社会で活躍している大人たちも、40代で「自己閉塞感」に悩み、自分の進路や将来に葛藤している現実があります。

常に「正解」を求められる現代社会で、どうすれば自分らしく生きられるのか?

なぜ、私たちは孤独を感じずに暮らしていけるのか?

教科書には載っていない、人生をサバイブするためのヒントが詰まったトークの模様をお届けします。

クロストーク参加者

クロストークに参加したのは以下のメンバーです。

参加者

尾身 茂 先生
全世代に感情力を育む会」の主催の認定NPO法人全世代代表理事。
元新型コロナウイルス感染症対策分科会会長としてもご活躍された。

三木 崇弘 先生
愛媛大学医学部卒。国立成育医療研究センターこころの診療部で児童精神科医として勤務。
マンガ『リエゾン』監修や、ビーンズでの「三木ゼミ」開催など、幅広く活動。
現在、地元である兵庫県姫路市にUターンし、2025年4月に児童精神科クリニック「はりまこどものこころ診療所」開設。

新谷さん(通称:shinta23)
大手電機&インフラメーカーのITソリューション部門プロジェクトマネージャー。

■岸本さん(通称:ありえる)
大学発ベンチャー企業コンサルタント。
新谷さんと岸本さんは、学習支援塾ビーンズ代表塚﨑が参加する横浜市立大学Minds1020Lab「若者のこころ研究会」のメンバーとしても活動中。

長澤 啓
学習支援塾ビーンズ塾長 。
学年ビリから二浪し東京大学へ​入学。ビーンズの活動に熱中し留年。経済学部経営学科卒。
経営企画とビーンズが積み上げてきたノウハウを「ビーンズメソッド」として整理~発信までを担当。

清水 基頌(通称:のぶのぶ)
学習支援塾ビーンズの2代目 副教室長。
学生ながら塾運営の中核を担う。自身の中学時代の不登校や親との関係での葛藤、また大学在学中の大事故といった自身の経験を「原体験」に生徒サポートをおこなう。

大橋 玲奈(通称:れな)
学習支援塾ビーンズの7代目 事務局長。
「一人で抱え込み自滅する」過去を乗り越え、事務局長として塾の運営に辣腕を振るう。
専攻の心理学を活かした自己分析から面接対策を得意とし、多くの生徒の授業と保護者サポートを行う。

岩浪 大己(通称:わなみー)
学習支援塾ビーンズの人事統括補佐。
ビーンズの人事部の学生リーダーとして自らの”ままならなさ”を武器に、チーム文化づくりを担う。

そこへ、現役のインターン生・生徒たちが加わり、世代を超えた「全世代対話」が実現しました。

「限界」は若者だけのものじゃない

長澤

先ほど、デリケートな若手には次世代のリーダーとしての強いポテンシャル があると申し上げました。

しんどい若手を元気にして次世代のリーダーにするには、まず(若手に較べれば、経験と様々なリソースがある割合が多い)大人が元気である必要があると思うのです。

…しかし、大人だって、自分の進路にも将来にも悩むものです。

そして、大人だって、

長澤

逃げられない、余裕がない、褒められない。

同じ立場に追い込まれたら、若手じゃなくても、大人も、どんな優秀な人でも…限界になる。

となると、若手を元気にするには、若手を元気にする主体である、大人たちをまず元気にする必要がある…

岸本さん、新谷さんのお二人は全然、限界じゃないと思うんですが、お二人のキャリアを伺いつつ、「この時はしんどかったなー」という経験があったら、それも教えていただきたいです。

「40代の思春期」と自己閉塞からの脱出

[補足] 一見順風満帆に見える大人であっても、若者と同じように「自己閉塞」に陥るという実体験が語られます

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岸本さん

先ほどの長澤さんのお話しに続き、今の「若手を元気にするには、若手を元気にする主体である、おじさんたちをまず元気にする」という方向性に率直に共感しました。


僕のキャリアの話をする前に・・・僕が今やりたいテーマは「限界おじさん研究所」です。

遠藤先生のお話で、

現代社会において、40代でも思春期状態はありえる

…つまり40代でも思春期=人生に悩む時期はあっていい、思春期を続けてもいいんだと学びました。

僕は仕事もして家族もいます。

が、まだ思春期真っ只中!

なんなら、これから青春を取り戻そうとすら、思っていて(笑)

だからこそ大企業を辞めてベンチャー企業に飛び込んだ…という状況です。

自己閉塞は早めに味わっておくべきか

岸本さん

僕には後悔があって。
10代のころにガツンと思春期が来なかったんですね。

言い換えれば、「もっと若いうちに自分の将来や進路、人生について、七転八倒して悩んでおけばよかったな」ということです。

思春期がないので、「自分が嫌い」「環境も嫌い」という自己閉塞にも陥っていない…

学習支援塾ビーンズ

親の価値観に沿ったレールに、親の言われるがまま乗ってきた…。
それで結果を出してきたから、それで良しとしてきて、そのまま40歳になってしまった。

そこから、悩み始めるわけですが(笑)

やっぱり40になって家族もいる状態で、自己閉塞状態に加えて、進路や将来についてグルグル悩む…というダブルパンチはしんどいものがあった…

僕の仮説ですが、自己閉塞の状態って思春期とセットにして多くの人が通過するものだと思うんです。

で、通過するなら早い方がいい。

早めにこの自己閉塞を味わい、そこから解放されて、青春を取り戻す。すると、強い人間になれるんじゃないかと思っているんですね。

僕が助かった~と思うのは、自己閉塞を味わったのが”まだ40歳”だったということ。
そして今は、自己閉塞を乗り越えられたこと…。

遅めの思春期で自分の将来と進路にグルグル悩む。
心も、良くも悪くも揺れ動く。

一方、思春期ってことは「自分は未完成である」と開き直れることもあると思ってて。
かつ、自分が変わっていけるという可能性も感じられる。

今、40代にして、だいぶ青春状態を取り戻せたんです。
この状態を40代の内に味わえてよかったと思っています。

50代だとちょっと体力的にしんどいだろうなと思うので(笑)

岸本さん

「早めに自己閉塞を味わって青春を取り戻す」このルートって意外といいんじゃないかと思っています。

だから(もちろん)苦しいけれど、若いうちに思春期を通過し、自己閉塞も味わっておく。
その後、青春経験を積んで、40代とか60代になって強い人間になるというルートも良いだろうな思うのです。

思春期→青春ルートをしっかりたどること

岸本さん

一度、思春期&自己閉塞→青春のルートをたどってると、打たれ強くなると思ってて。

これは仮説ですが…

一度、思春期で進路や将来に悩みぬき、時に自分もキライ!周りの環境もキライだ!と自己閉塞にもなってから、仲間を作って、青春経験を積み、居場所もたくさんある…そんな状態だと世の中に対する怖さが激減するのじゃないかなと思うのです。

あと、一度、思春期→青春になっても、人生では何度も人生に悩む思春期への揺り戻しはあると思ってて。

でも、思春期→青春ルートを一回しっかり通過しておくと、世の中に対する怖さが減ってるので、レジリエンスが高まる。
だから、思春期への揺り戻し後も、また青春に戻りやすくなるんじゃないかなと思うです。

大人の自己閉塞

長澤

人生に悩む思春期も、自己閉塞にすら人生においてはポジティブな意味がありうるという論点、ありがとうございます!

関連して、岸本さんが自己閉塞になったのはどんな経緯からなんですか?

岸本さん

背景から話します。
僕は就職氷河期世代で、その中で幸運にもよい就職先に出会えました。


自分で言うと変ですが、会社の中で良いレール、安定した成長曲線に乗っていたんです。
ある意味で運も良かった。

雑にいうと出世の勝ち組になって。「お前、役員になれるぞ」みたいなことも言われたりしてて…。

30から40歳ぐらいまでは仕事は忙しく、かつ充実していました。

長澤

順調なキャリアですよね。

岸本さん

そこから色々あって、悩みはじめるわけで(笑)

会社生活がうまくいっていた中で、ある時、出世競争に敗れたんです。
理由はいろいろあるんですが、ポロッとレール・成長曲線から外れた。

その瞬間に会社に行くのが嫌になった。
引きこもりのような状態になって、対人恐怖症っぽくなった。

会社で活躍できない/仕事にエネルギーを出せない自分が嫌い
そんな自分にさせた環境が嫌い・周りも嫌い……

長澤さんの話していた「自己閉塞」。「自分が嫌い」「環境も嫌い」。
これ、40代にもドンピシャだと思ったんですね。
今思えば、あれはまさに「自己閉塞」状態だったと思うんです。

さっきの尾身先生も仰っていたように、人間は不完全なものだから、若者だけじゃなくて、40代だろうが、60代だろうが、「自己閉塞」に陥るリスクははらんでいる。

で、そのときにはもう家族がいて。

引きこもりたいんだけど、引きこもりきれなくて。

行きたくないのに、会社に無理やり行くこともありました。

自己閉塞打開のカギは周りに助けを求める事

[補足]そんな「自己閉塞」の状態から、岸本さんはどのようにして抜け出したのでしょうか。

岸本さん

もう本当に、引きこもるギリギリ…もう明日から会社を休職しよう…そこまでの状況になって、これは「やばいな」と自分でも気づいた。

そこから、恥ずかしいけど生きるために、

周りに対して
「やばい!」「溺れる!」「助けて!」
っていろんな人にヘルプを出したんです。

とにかく周りの人みんなに情けなくひたすら助けを求めてたんですよ。

僕の場合、もう会社に行けなくなるか…それは主観の中では生きるか死ぬかだったので。

無理やり勇気を振り絞って周りに助けを求めたり、居場所に飛び込んだりしました。

そういう原体験は、僕の中であります。

三木先生

僕らの現場の感覚値で言うと、ヘルプを出せる能力(受援力)があることは、めちゃくちゃ価値がある。

最後の最後に周りに「助けて」って言えるかどうかでだいぶ変わる。

「もう無理や!」って思ったときに「助けて!」って叫んだら、意外と誰かが助けてくれるわけで。

れな

お話しを聞いてて、私を含めた今の若者たちって、周りにヘルプを出せるのかな?って思いました。


社会人の方って、仕事仲間とか、自分にとって安全性を感じられる空間・自分なりの居場所を持っている割合が多いなと思っているのですが、
岸本さんの場合、周りに助けてくれる人が多かったのはたまたまですか?

岸本さん

たまたまだと思います。運がよかっただけかと…
一方で、自分がとってもマイナーとまでは思わない。


問題は、本当は自分を助けてくれる人、自分のとって居場所になりうる場所のことを知る術がないことだと思います。

僕はたまたま勇気を振り絞って「助けて!」と言えた。

でも、それが良かった。

助けを求めたら、意外と他人も社会も(思っていた以上に)優しかったってことに気づけたんです。

それまでは

優しさを持っている人は周りに居たんだけど、気づけない。
居場所になる場所は、近くたくさんあったんだけど、気づけない。

むしろ自分から

岸本さん

「そんな優しい人はいない」
「世界は残酷なんだ!」
ってネガティブな壁を作っていました(笑)

今、となりにいる新谷さんが、まさかこんないい人だとは思ってなかった(笑)

新谷さんに悩みを打ち明けたら、「行くぞ!」といろいろ誘ってもらって。

はじめはヘンなとこ(笑)連れて行かれるんじゃないかなと身構えていたんですよ…(笑)

で、警戒しながら、この人について行って大丈夫かな…と内心思いながら飲み屋で話しを聞いてもらっていた。

そしたら、ちゃーんと世界を広げていただいた。

で、気づいたらビーンズにもたどり着いてたという(笑)

「18歳で人生を決めろ」という無理ゲー

[補足] 大人はつながり・経験値という「バッファ(ゆとり)」を持っていますが、現代の若者にはそれがありません。
そして、早期に結果を求める社会構造が彼らをさらに追い詰めています。

新谷さん

我々の世代は若い世代に比べて人生について考えるバッファ(ゆとり)が付与されていると思っていて。


例えば、使える選択肢自体は、若い皆さんとそんなに変わらないかもしれない。


だけど、それまで作ってきた人間関係のつながりもあるし、見えている選択肢が年を重ねている分、若い世代よりかは比較的多いと思う。


自分がその選択肢に気づき、選択できるかどうかは人それぞれだけど、

「ああいう生き方もあるよな」
「ああいう逃げ道もあるよな」

っていう選択肢が視界の中にある。

そういった選択肢を見れる分だけ、若い人たちよりはマシなのかな~と、私は考えています。

もちろん、年齢は高くても経験の幅が狭いって人もいるよね…。

例えば何かの優秀さ故に大企業にバーンと入って、それで何かの専門家として一本道で来ました!
その他の世界はあまり知りません!興味ありません!…って方は、折れちゃうときは一瞬かもしれません。

私も今は元気でやってますけど、人生いろいろあって、本当に山も谷もありました。

私の場合は、山谷あっても、それなりに時間をかけて向き合うことができ、いろいろな人や考え方に出会い、世界を広げることができたから、折れそうになってもボキって折れずに、しなやかに耐えれてきたんだと思います。

今の若い人たちは、時間軸がギュッと短縮されている。

短い時間で意思決定し、結果を出さないと認められない(居場所がなくなってしまう)環境になってしまっている。

数学の一次方程式で例えていうと、Y=ax+bの傾き(a)がすごいから、短期間で思いもよらない出来事が起き、対応しなくてはならない。

傾きがすごいから、すごい人も多くなっているのだろうけど、そのままバキって折れてしまう人も増えている……
そこが多分我々の世代との大きな違いだと思います。

ここからは想像だけど、つらい、折れやすいのは他者や世の中の価値観に合わせようとして合わないことに対して自分を責めてしまっている。そのことを相談したり、助言してくれる人がいないと、行き詰まってしまうからじゃないのかなと思っています。

我々は、若い世代に比べてちょっとだけいい加減に生きられる、そこまで他者や世の中に合わせなくても良いと思える。

だから、困難にぶちあたってもフニャっとやり過ごせる。

この感覚は若い皆さんもだんだんわかってくると思います。
そして、若い頃に大いに悩み、葛藤したことが大きな財産になっていることもこれからわかってくると思います。

だからこそ、我々は若い世代に

新谷さん

「確かに人生いろいろあるけど、ネガティブな出来事も必ずそれを超えるポジティブな出来事を生み出す原動力になるよ」

って伝えたいと感じています。

18歳で進路を決めろ。すぐその道を極めろ!という社会

塚﨑

視野をどう広げていくか。それをどう広げるか。
若いうちに、広い視野と経験が求められている気がして。


今の大学受験って推薦入試メインなんです。

大学の推薦入試って18歳までに

自分は何をしたいか、
何を研究するか、
どんな社会をつくりたいか
どんな役割を社会で果たしたいか

っていうのを決めなきゃいけないってゲームなんですよ…。

でも、ビーンズに来る多くの18歳は、

まだ社会に出ていないわけです。
インターンも、ボランティアも、もしかしたらアルバイトもしていない、
税金も払っていない、お米の値上がりも知らない

…っていう状態の18歳に

「自分はこんなことで社会で活躍したい」
「こんな研究をしたい」

と言わせるのは無理があると思う。
でも、無理を承知でやらなければならない。

三木先生

子ども達から遊びがなくなって、余白がなくなっているわけだ。

18歳で進路を決めろ。すぐその道を極めろ!

っていうのはよくない。 よくないよ。

その推薦入試が多くなる…という変化は、もともとは子ども達に科目勉強だけじゃなくて、もっと世界に目を向けてほしい。
大学で主体的に学んでほしいという成長を願ってのことだったかもしれない。

だけど子ども達は、その大人の願望に気づく。そして過剰に順応していく。

そして、

・「大人の求めることを適切に応じて、大人が求めるスキルだけ身につけなきゃいけない」
・「結局、自分が何をしたいかわかんないけど、そういふうに振る舞った方が合格するんでしょ?」
・「そういう型だけとりあえず、身に着けるか…」

って、いう感じになっているんじゃないかな。

[補足]そんな社会の圧力を、当事者である若者はどう感じているのでしょうか。

わなみー

18歳で決めろってのは無理ゲーだと思います。

僕は、18歳の時は普通に家でゲームしてましたもん。

で、進路選びという自分事から現実逃避していた。

で、ネットに逃げる。

逃げたら逃げたで「高校3年生からの進路選びはもう遅い」っていうネット広告がピョンって流れてきて。

で、 「あ、もう遅いんやー」って思って落ち込む。

で、エネルギーが下がって行動ができない。

…っていう、どんどん連鎖していく、負の連鎖の中で生きている…これが僕たちの世代のリアルだと、僕は思っています。

あと、先ほどから、大人の方々が、なんだか賢明なことを言っていて格差だなと。

わなみー

でも、僕がなくしたいのは格差ではなくて壁なんです。

皆さん、ちょっと壁がありませんか? 見えませんか?

旧東西ベルリンの時の、ベルリンの壁みたいな。
ドイツは統一されましたが、まだ色々とベルリンの壁の影響はあるみたいな…

ベルリンの壁は崩れましたが、今でも線は残ってるんですよ。
線、できてないですか。大人の皆さんと私達との間に?

岸本さん

あります。僕は見えます! あそこに線が見える!(笑)


今は、この線から向こうの、互いの世代を互いに理解することって難しいと思うんですよ。

自分を縛る「感情の蓋」と自己分析の難しさ

[補足] 社会からのプレッシャーだけでなく、子どもたちの内面にも「感情を出してはいけない」というブロックがかかっています。

尾身茂さん

私からの質問…
それは皆さんが「今の自分」「今の自分の感情」をどう感じ、そして自分を外から俯瞰して見るという感覚があるのか、ということ。

例えば、ソクラテスでもお釈迦様でも、神様でも…そういった違う視点から今の自分を見たらどうなのか…?
そういったことを考える時間や、そういった感覚は皆さんはあるのか…そこらへんを伺いたいですね。

のぶのぶ

ちょっと話をそらしてしまう感じになってしまうのですが、 違う視点から自分を客観視する以前の問題… つまり、「今の自分の感情」ってものを、直視しない、把握しない…。 それができないようになっている…ってところから話させてください。

遠藤先生からのお話しにも通ずるのですが…例えば、小学校に入ってから、喧嘩をしちゃいけないし、喧嘩をすることは悪いことだから、もし喧嘩したらものすごく叱られる。

もし、学校で喧嘩したら、親に連絡が当然のようにいきます。で、家に帰った後、親からも叱られる。

「自分の感情とか、思っていることを相手に言っちゃダメなんだ」
「とにかく争いとかもってのほかだし、自分の感情が激したらダメなんだ」

っていう認識にはなっていたかもしれないです。

尾身茂さん

「自分の気持ちは正直に言っちゃダメなんだ」という学習があったということですね…

のぶのぶ

そうですね。いまだに僕は、それを拭えないでいます。

[補足] ビーンズの現場の講師の体感として、感情を抑圧し、自信を失った子どもたちが、いきなり「将来の夢」や「自己分析」を求められることの難しさを感じています。

のぶのぶ

不登校の子どもにありがちなのが、 「自分でもなんとかしたい…」 「でも、なんとかしようにも、自分の武器が何なのかわからない…」 「どの分野で、何を、どこまですればいいかわからない…」

つまり、どの分野で僕は頑張ればいいのか…っていうところ、自分をうまく分析できない。

で、その日を生きるので精一杯っていう状態だと思うのです。

一例ですけど、大学推薦受験の対策で高校生たちに自己分析をするんですね。

じっくり時間をかけて自己分析をする中で、生徒たちの自分の歩んできた人生をたくさん振り返って、そこでやっと

「僕はこれがやってみたいかもしれない」

「この分野で成功したいのかも」

という思いが芽生えてくる…っていうのが、講師としての体感です。
でも、それまでものすごい時間と周りのサポートが必要になる。

解決策としての「探索」と「居場所ポートフォリオ」

[補足] では、どうすればこの閉塞感を打破できるのでしょうか。一つのアイデアとして提示されたのが、目的を持たない「散歩(探索)」と、複数の居場所を持つことです。

講師 わなみー

子ども達にとって、居場所、第三の場所が確保されるということはとってもいいことだと思います!

あと、大事なのは必ずしもその居場所は一つに絞らなくていいかなと思ってて。

私の中では「あちこち気ままに散歩できる」「動き回れる」っていう状態が一番重要なんです。

別に目的を持たなくてもいいから単純に動き回ってみる。

散歩→ときどき探索→ときどき何か発見→面白そうだったらディグる(掘り下げる)

ってことを重ねていく…

このことが自分を変えていくのに重要だと考えます。

尾身茂さん

「散歩」というのは物理的なアクションのことだよね。
言い換えると、「雑種多様な経験」っていうことかな。

岸本さん

今の話に同意です。

私の場合、救われたのが、会社と家庭以外の居場所をたくさん見つけたことだと思うんです。

自分は 「テクテク散歩・探索・サードプレイスを10個作ろう!」みたいな感覚で生きてて、それで救われたなと。

前提として、サードプレイスは一個だけだとマズイ。

なぜなら、その場所が消えちゃうと孤独を感じちゃうので。

だから、まずサードプレイスを10個見つけようと。

とりあえず居場所を10個作っておけばなんとかなるだろうと思ってて。

塚﨑

すごい「居場所ポートフォリオ」のマネジメントをしっかりやっている(笑)

岸本さん

そうです。
仮に一個の居場所がなくなっても、こっちが伸びる…みたいな、
そういう居場所ポートフォリオを作っているんです。

例えば、お寺に行って座禅会に行って座禅で楽しくやってたら、そこから座禅をやりたいって友達が10人ぐらいできて。
そこから毎週座禅会ができるようになったりとか。

まぁ、ポートフォリオなんでね。
一回10個になったとしても、ここから7個とか6個とかに減っていくと思うのだけど。

ポートフォリオなので組み換えも増減もあっていい。それは自然なことなんです。

減った分はまた増やせばいいやみたいな感覚なんです。

そういう目線で散歩・探索していると、居場所って何気ない場所に結構ある。見つかる。

そうすると、公園で散歩してて、そのままベンチに座ってお酒を飲んだら、他にも寄ってくる人がいて……それが居場所になる…みたいなのもあったりする。

僕はビジネス好きだからKPI…「居場所ポートフォリオ10個」とか目標を立てたほうが動きやすい。

10個っていう数値目標を立ててるから、無理やりでも1個見つけなくちゃいけない。

そういう目線で散歩・探索していると、居場所って何気ない場所に結構ある。
それが見えてくる。

例えば、公園でベンチでお酒を飲んだら、他にも寄ってくる人がいてそれが居場所になるみたいなのもあったりする。

実際、居場所ポートフォリオの一つは毎週土曜日、駅前で仲間3人で飲むこと。

それはそれは心洗われる時間なんです。そんな居場所もあったりする。

[補足] しかし、そもそも「居場所」にアクセスできない子どもたちもいます。経済的な壁をどう超えるかも重要なテーマです。

高校三年生  (ビーンズ生徒)

まず、私はこのビーンズが好きなんですよ。
自分と同じ境遇の人がいるし、実際自分が不登校になった時も先生方にお世話になったので、好きなんです。

なんですけど、母が友人の子どもたちに「ビーンズいいよ」って勧めたんですね。

だけど、やっぱりビーンズってそれなりに授業料がする。 それで結局ビーンズ通うのを断念しちゃう。

全員が全員、自分みたいに恵まれてる不登校生じゃないんだなっていうのがあって。

家庭環境とか金銭的な面にも左右されない不登校生のサードプレイスを作ってみたいなっていうのがあって。

そこでカフェとか飲食店のような場であれば、子どもとか学生でも行きやすいと思うんですよ。

尾身茂さん

なるほど。確かにそれはお金の問題だよね。

あなたのような課題感を持っちゃったら、興味持っちゃったら…乗り越えたい。
そして、乗り越えるまではきっと苦しいと思う。

尾身茂さん

「苦しく楽しい」が人生の本質だから。

もちろん苦しいだけじゃダメ。だけど、楽しいだけも少し違うと思うのです。

ある程度の苦しさというか、適度の負荷、適度の困難さがあることは悪いことではないと思うのです。

それを乗り越えることで成長できる。それが自信につながっていく…

大事なのは、あなたが今やろうとしていることはいいことだってことです。

言い換えると、あなたが考えてる“居場所”には、必ずニーズがある。これは間違いないと思うのです。

さっきの長澤さんの話だと、中学生の5人に1人は不登校およびその傾向があるっていうわけですね。

こんな社会がいいはずはない。変えていかなきゃ!…というニーズは絶対に出てくるわけだよね。

ニーズがあるんだから、必ずお金はやってくる。
企業から来るか、あるいは国から来るか…そういった違いはあります。でも、心配はいらない。

とまれ、この問題の解決のためにお金は、必ず集まってくる。
今はピンとこないかもだけど、それは知っておいてほしいですね。

もちろん、応援する人も、これからたくさん出てきますよ。
岸本さんも言ってたけど、世の中にはいい人も多いのです。
それも意外と近くにいるんです。
悪い人もいっぱいいるかもしれないけれどね(笑)

そのいい人達へ向けて「僕はこんなことをしてるんで、応援してください!」とパッショネートに説得するわけです。
人間、好きなっちゃったものは、仮にその実現が困難であっても、パッションで乗り越える…というか乗り越えざるを得ないんです(笑)

みんなが幸福度が高いっていうのは、みんなが誰と比較するわけでもなく、得意で好きなことを夢中でやれる社会って話があったよね。

今は、そういう社会になるまでの過渡期だと思います。

そういう社会になってしまえば、ビーンズみたいな役割を持つ組織はなくなるかもしれませんね。

だって、ビーンズがサポートすべき内容にニーズがなくなるから。

しかし、それまでには時間はかかる。

それまでビーンズが果たす役割は大きいと思います。期待してます。

まとめ 多様な「逃げ道」と「寄り道」が許容される社会を目指して

「みんなが誰と比較するわけでもなく、得意で好きなことを夢中でやれる社会になれば、ビーンズみたいな役割を持つ組織はなくなるかもしれない」

対談の最後、尾身先生が残したこの言葉は、逆説的ですが、私たちが目指すべき未来の姿を鮮やかに射抜いていました。


18歳で人生の正解を選び取れと迫り、40代になれば「完成した大人」であることを期待してくる現代社会。

けれど、この対談で見えてきたのは、何歳になっても人は自己閉塞になりえ、かつ自分の将来や進路、人生についてグルグル悩み、揺れ動き、だからこそ変わり続けていく「未完成な存在」である…という、泥臭くも希望に満ちた現実でした。

誰かに「助けて」と叫んでもいい。

今いる場所に固執せず、複数の「居場所ポートフォリオ」を持っていい。

目的のない「散歩」のように、あちこち寄り道をしながら生きていってもいい…

そんな「回り道」や「ゆとり」、そして「弱さ」さえも真の意味で許容される社会になれば、ビーンズのような場所は必要なくなると感じました。

私たちは、その「ビーンズが必要なくなる日」を究極のゴールに据え、まずは今、目の前で息苦しさを感じている大人と若者たちが、再び「青春」を取り戻せる場所であり続けたいと思います。

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この記事を書いた人

長澤 啓のアバター 長澤 啓 ワカサポ編集長/悩める20代社員育成の専門家
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