若者の孤独や早期離職、親子関係の断絶、そして増加する若者の自殺者数…
このような深刻な社会問題が浮き彫りになっている現代社会。
これらの社会課題解決には、私たち一人ひとりの「感情の力」…すなわち「感情力」を育むことが重要ではないか。
そのような思いから、学習支援塾ビーンズは認定NPO法人 全世代 とともに、「全世代に感情力を育む会」を創設しました。

本記事は認定NPO法人全世代の理事である内田 健夫さんに、会設立に至った背景と目的について伺います。
車の運転や、家庭での人間関係といった具体的なエピソードを通して、感情力を意識することがいかに日常生活の質の向上とひいては人生の質につながっていくか…そして、それが全世代の幸福にどう繋がっていくのかが語られます。
ぜひご覧ください。
「感情力」を社会に訴える理由

内田でございます。
皆さんのご意見を伺いながら「全世代に感情力を育む会」をこれからどう発展させるか…
どうこの活動を盛り上げていくか…
ということで、少しお話しさせていただきます。
「全世代に感情力を育む会」では、現在社会の中で、ビーンズ塾長の長澤さんが挙げてくれたような課題を感じる若者が増えているという状況も含めて…
「感情の力」、すなわち「感情力」を
もう一度捉え直し、感情力を無理なく自然に身につけていく習慣を日常生活に取り込んでいく…ということをひろく訴えたいと思っています。
「感情力(Emotional Capacity)」とは何か
まず最初に、私たちが掲げる「感情力(Emotional Capacity)」とは一体何なのか。
この定義について、改めて皆さんと目線を合わせておきたいと思います。
人の能力を語るとき、私たちはつい分かりやすい指標に目を奪われがちです。
知能や技能、論理的な思考力といった、数値化しやすく評価しやすい「認知能力」。
もちろんこれらも重要です。
しかし、より注目すべきなのは、その土台にある「社会情緒的スキル(非認知能力)」なのではないでしょうか。
意欲、意思、自己肯定感、自制心、そしてストレスからの回復力……。
これらはテストの点数では測りづらく、数値としては表れにくいものですが、人が社会で生きていくための「根っこ」とも言える部分です。
この社会情緒的スキルの中に、私たちが「感情力」と呼ぶ領域が存在します。
それは大きく分けて2つのベクトルを持っています。
一つは、「自己に関わる感情の力」です。
私たち人間は、きれいな感情だけで生きているわけではありません。
喜びや楽しさだけでなく、憎しみ、嫉妬、焦りといった、泥臭く、時には直視したくないような感情も抱えています。
そうした自分の中に渦巻く感情から目を逸らさず、客観視し、コントロールする力。これが第一の要素です。
もう一つは、「社会性に関わる感情の力」です。
これは、他者の感情を推し量る力とも言えます。
相手への共感力やコミュニケーション能力と言い換えてもいいでしょう。
自分自身のドロドロとした感情の手綱を握りながら、他者の心にも思いを馳せる。
この両輪が揃って初めて、私たちは「感情力」が機能していると考えるのです。

提唱したいのは「日常の感情力(Daily EC)」
さて、ここからが本題です。
この会を通して私が皆さんに最も強く訴えたいのは、「日常の感情力(Daily Emotional Capacity)」という概念です。
私たちは日々、自分と他人との間で揺れ動いています。
その日常の中で、自分の感情から「ちょっとだけ」距離を置いてみる。
例えば、カッとなった瞬間、あるいは落ち込んだ瞬間に、幽体離脱するように自分を俯瞰する。
そして、「あ、今自分は怒っているな」「焦っているな」と認識し、理解するプロセスを意識して持つ。
そして同時に、目の前の相手に対しても「なぜ、この人は今、あのような発言をしたのだろう?」と、その感情の背景を俯瞰して分析しようと努める姿勢。
これこそが、私たちが目指す「日常の感情力」の実践です。
もちろん、全てにおいて相手に共感できるわけではありません。
「どうしても理解できない」
「ネガティブな感情が湧いてくる」
という場面も多々あるでしょう。
そんな時こそ、この力が試されます。
相手に共感できないと判断した時、私たちはどう動くべきか。
もし相手を説得する必要があるなら、感情に任せてぶつかるのではなく、言葉を尽くして説明し、あるいはもっと詳しく相手の真意を聞き出す対話へと舵を切る。
一方で、そこまでして関わる必要がないと判断できるなら、「速やかに手放す(スルーする)」という選択肢も持っておく。
この判断を、感情に飲み込まれずに行える状態。これこそが、私たちが目指すべきゴールなのです。

感情力を「育てる」ためのアプローチ
では、この「日常の感情力」はどうすれば身につくのでしょうか?
私たちは、これを後天的に育てていく必要があると考えています。
具体的には、1日、あるいは1週間単位で「感情の振り返り」を行うことです。
「あの時、なぜあんなに腹が立ったのか?(原因)」
「その結果、場の空気はどうなったか?(結果)」
「では、どう振る舞うのが最も適切だったのか?(改善案)」
これを淡々と、しかし丁寧に行うのです。
この時、一人で悶々と考えるよりも、「共感しながら聞いてくれる聞き役」がいると、効果は何倍にもなります。
自分の感情を安全に開示できる相手の存在が、客観視を助けてくれるからです。
ここで重要になるキーワードが「アタッチメント(愛着)」です。
専門的な用語ですが、平たく言えば「心の安全基地」のことです。
人間は「どんな自分であっても、受け入れてもらえる」という絶対的な安心感(心の安全基地)があって、初めて自分の感情と向き合い、他者の感情という未知の領域へ踏み出す勇気を持てるのです。
教育現場や組織マネジメントにおいて、私たちがまず整備すべきは、この「アタッチメント」が機能する環境なのかもしれません。
感情力が高い社会で、私たちは何を実現できるのか
では、この「感情力」が高い個人が増え、社会全体に浸透したとき、どのような未来が待っているのでしょうか。
あえて理想を語らせてください。
感情力が高い社会では、一人ひとりが自分の衝動を適切に抑制し、相手のことを想像しながら関係を築くことが「当たり前」のスキルとなります。
まず、社会全体に「衝動の抑制」が定着すれば、衝動的な行動に起因する犯罪や事故の減少が見込まれます。
そして、「相手を思いやる対人関係」がスタンダードになれば、若者たちはパートナーとの安定した未来を描きやすくなるはずです。
これは結果として、現代日本の大きな課題である婚姻数や出生数の改善にも繋がるのでは…と私は感じています。
さらに、教育や労働の現場に目を向ければ、虐待やいじめ、不登校、あるいは早期離職やハラスメントといった、人と人との摩擦から生じるコンフリクトや悲劇を減らすことにも大きく寄与できるでしょう。
社会全体に「感情力」というインフラが整えられることで、私たちは自分または他人の感情からうまれる課題から解き放たれ、本来注力すべき創造的な活動にエネルギーを向けられる…そんな社会像を描いています。

「同調圧力」と「異能の排除」への懸念
内田健夫さんしかし、ここで手放しに
「感情力は万能だ!」
「感情力さえあれば社会はよりよくなる」
と叫ぶつもりはありません。
物事には必ず裏面があります。
あえてここで、この概念を広める上での「留意点」についても、皆さんと共有しておきたいと思います。
最も危惧しているのは、他者の感情を理解し配慮する空気が、「空気を読め」という同調圧力へと変質してしまうことです。
特に日本社会においては、「相手を思いやる」ことと「同調を強要する」ことの境界線が非常に曖昧になりがちです。
感情力を高めようとする取り組みが、息苦しい相互監視社会を生んでしまっては本末転倒です。
また、もう一つのリスクは、「飛び抜けた才能」の排除です。 イノベーションを起こすような傑出した才能や存在は、時に周囲の感情を意に介さず、我が道を突き進むことで生まれます。
もし社会全体が「周りの感情への配慮」を最優先事項にしてしまえば、こうした異能の人材を「空気が読めない」と切り捨て、その芽を摘んでしまう恐れがあります。
感情力を大切にしながらも、個性を殺さない。
このバランス感覚こそが、指導者や役職者に求められる舵取りなのではないでしょうか。
「感情力」を強制してはいけない領域
最後に、絶対に忘れてはならない視点があります。
それは、すべての人に一律に「感情力」を求めてはならない、ということです。
例えば、乳幼児や児童の脳はまだ発達の途上にあります。
彼らに大人のような感情のコントロールや他者配慮を求めることは、土台無理な話であり、それを強制する空気が広がることは明確な間違いです。 また、認知症の方や、発達の特性を持っている方々に対しても同様です。
「感情力」や「日常の感情力」は、あくまでそれが可能な段階にある大人が、自らを律するために持つべき指針です。
感情力を十分に発揮できない人々に対しては、私たち周囲の人間が「より高い対応力」を持って接する。
それこそが、真の意味での「感情力が高い社会」の姿ではないでしょうか。
「日常の感情力」でおきた、人生の変化
次に、私がこの感情の力、特に「日常の感情力」を意識するようになって、自分自身や家族関係がすごく変わったなという二つのエピソードをお話ししたいと思います。
非常に個別具体的な話で恐縮ですが…「日常の感情力」を伸ばすことで、生活が変化する一例としてお聞きください。
車の運転
一つは私の車の運転です。
車って”自分だけ”の社会から隔絶された密閉された空間と勘違いできやすい。
だから、(社会で生きていく上では)抑制されている感情が噴き出すわけです。
これは、昔のことなのでお許しいただきたいのですが…
私、結構無茶な運転をしていた時期があるんです。
車のハンドルを握るやいなや
「こいつ遅いな…!どこか追い越すところないかな」
「そんなところで止まらないで、もうちょっと前行けよ」
といった感情でいっぱいでした。
急いだところで、ほんのちょっとした1分、2分しか違わない…
そんなところで、すごい焦ったり、憤慨したりという…
ところが、前の車を追い越して出て10秒得した。1分得した…だとしても、どうということはないわけです。
それどころか、私がそういう感情を持っても、何のメリットも得られない。
ただ単に他ならぬ自分がリスクを負うだけなんです。
早く到着したければ、1分前に出発すればいいだけ。
そんな時間はいくらでもあるだろうと、ふと思いまして。
さらに今は、より実利的な部分にもつながります。
それは車の保険料。
今、車の運転をすると保険会社が査定するシステムがあるんですね。
それが保険料の上下につながるんです(笑)
「あなたは昨日の昼どこかに出かけました。その時の運転が100点満点です」
「今日は、どこどこで急ブレーキをかけましたね」
「ちょっと車線をはみ出していましたね」
「スピード出しすぎじゃないですか」
と、そういうデータが全部収集され、採点されて、その平均点が80点いかないと保険料が高くなるという恐ろしいシステムがあるのです(笑)
そういうきわめて実利的な影響もあって、今では非常に模範的な運転をするようになりました。


家庭でのコミュニケーション
それから、もう一つのきっかけは妻との家庭でのコミュニケーションなんです。
私どもの家は妻と共働きでしたから、二人ともご飯を作ったりとか後片付けしたりしていて。それは今もしているんですが。
で、私が「あれ?食器が片付いてないな。時間あるし、パパっとやるか」と食器を片付ける場面があったわけです。
その時に、妻から
「ちょっとこれ見てよ。あなたが洗ったところ、汚れが残ってる。」
「どうせ二度手間になるから、そんな手伝いしなくていいよ」
「やるんだったら、完璧にやってよ」
(これは心の中の言葉で実際は黙って洗い直していましたが)
…ということが、ままあったわけです(笑)
こっちは親切でやってあげてる感覚です。
でも、向こうは余計に仕事が増えたと思っている。
私も「なんでまた洗ってるの!手伝っているのに!」とカチンときますよね(笑)。
怒りの感情が湧いてくるわけです。
しかし、この感情をコントロールせねば、家庭はうまくいきません。
では、どうするか。
その時に、私は自分の感情からちょっとだけ距離を置く、自分の感情を俯瞰する…というのを意識し始めたんですね。
人生を楽しく生きるための感情力
「自分の感情と少しだけ距離を置く」
さて、これをどう実践するか。
その第一歩は



「今、この怒りの感情は、『私はやってあげてるのに文句言われた』ところから出ているな」
と認識することから始めました。
そして、その自分の感情から一旦距離を置く。
そうすると
「自分の仕事で、完璧じゃない部分があったな…」
「なるほど、自分はこの部分の洗い残しをしやすいのだな…」
「なるほど、相手はこういう部分の洗い残しが気になるのだな…」
と客観的に観察し、反省することができるようになります。
すると、自分の行動変容につなげることができます。
もちろん、私も食器は綺麗な方がいいのです。
洗い残しをしたくてしてるわけじゃありません。
ですので、私にとっても実利がある。
そして、そういうことを繰り返していますと、相手も同時に変わってくる。
「私だったら完璧にやるのに、こんな仕事をして」
という負の感情は、だんだんと弱まってきます。
そして
「忙しくて疲れているのに今日も手伝ってくれて、ありがとう」
「今度から、もうちょっと〇〇の部分をきれいに洗ってくれるとうれしいな」
と、そういう言い方に徐々に変わってくるんですね。
日常生活の中で、ネガティブな感情をポジティブに転換するよう努める。
自分の感情から少し距離を置いて考える、見つめるというクセを持つ。
こういった感情の持ち方一つで、ごく身近な人間関係が劇的に変わる。
身近な人間関係が変わると、やはり色々な面でプラスになりますよね。
大げさに言えば、家庭が変わる。
家庭が変われば人生も変わりますよね。
これが人生を楽しく生きる上で、すごく大事なんだなということを実感した…というお話でした。
「全世代に感情力を育む会」を始めた理由
あらためて「全世代に感情力を育む会」をなぜスタートしたかという話をしたいと思います。
先ほどから申し上げているような
日常の生活の中で、お互いの感情に配慮した気持ちを、お互いに少しずつ持とう
すると、近しい人たちの人間関係が変わっていき、人生が変わりますよ
ということをもっと広く社会に広げたいという目的がまずあります。


感情力は個人の一生を左右する
そして、もう一つ「全世代に感情力を育む会」を開催するに至ったキッカケがあります。
それは、遠藤先生が教育政策研究所でおまとめになった報告書、『非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての 研究に関する報告書』を拝読したことです。
その報告書の中で、1960年代にアメリカで行われた「ペリー就学前プログラム」という低所得世帯の就学前の幼児を対象とした教育の長期的な効果を検証した社会実験が取り上げられていました。
その内容は、幼少期に「これは問題を起こしそうな子どもだ」という方に、社会情緒的スキル(つまり感情をコントロールする方法)の養成を遊びを中心としたプログラムの中で実施したというものです。
そして、そのプログラムを受けた人たちと、プログラムを受けなかった人たちと比べると、
プログラムを受けた方々のほうが
犯罪率が低い
レベルの高い高校の卒業率が高い/大学入学率が高い
収入が高い仕事に就く率が高い
という傾向がある…というデータが出ていることに触れられていました。
しかも、その傾向は30年後も、40年後も変わらないというのです。
このデータを見て、私が感じましたのは社会情緒的スキル(すなわち感情力)言い換えれば感情の調節の仕方を学習することが
個人の一生を左右し、その人の周り/家族にも影響する…
そして個人の集まりで社会が成り立つ以上、社会にも影響する…
ということです。
そして、これは個人にとっても家族にとっても、さらにいえば組織やコミュニティ、ひいては社会全体にとって非常に大事なことだなと思いましたし、今も、その思いをさらに強くしています。
これからの「感情力」二つの取り組み方
この「感情力」そして「日常の感情力」の社会に普及していく取り組み方として、私は大きく分けて二つの方向性があると考えています。
一つは、ご出席いただいている児童精神科医の三木先生やビーンズのように問題が顕在化したところに対して、対応していく方向性です。


現在の不登校児童生徒の孤独…
親子関係の断絶や深い葛藤…
会社を早期に退職し落ち込んでしまう人たち…
そして子ども・若者の自殺者数の増加。
このような、非常に深刻な社会問題に現場で取り組む方向性です。
このような取り組みは、地域単位や会社内でも必要に迫られて対策を取っています。
また、学校現場でもどうしたらいいんだろうと迷いながらも、対策をやっていこうという方向性は出てきていると考えています。
この「全世代に感情力を育む会」の目指すことの一つが、これらの取り組みの連携、情報共有による質の向上を図ることです。
もう一つの方向性は、先ほどの私の話のような、
日常の中のごく身近な人間関係のコツを社会に伝え、改善していくことです。
この「全世代に感情力を育む会」では、この二つの方向性双方から「感情力」を探求し、誰でも感情力を学べる方法と学ぶ習慣を社会に広めていく仕組みづくりを皆さんと議論し、ブラッシュアップして、実践したい。
そう考えています。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。
第二回「全世代に感情力を育む会」の関連記事はこちら!














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