本日はビーンズ卒業生の調理師/栄養士のしおんさんにお越しいただき、今の仕事内容や仕事のやりがい、そして過去のご自身の悩みや、当時の自分へのアドバイスについて伺います。

現在の仕事について
――今の職場での立場について、教えてください。
高齢者施設の調理・厨房部門のチーフをしています。
具体的には、
- 厨房の中の動きを決める。
- 衛生面の管理。
- 現場の管理。
など、高齢者施設の食事部門におけるシェフ兼厨房責任者を務めています。
もちろん、自身もシェフとして現場の厨房で調理にあたります。
――現場は何人ぐらいで回していますか。
入居者は最大70人弱です。
それを1日あたり延べ7人ほどで担当しています。
私はその部門のトップ(責任者)という立場です。
キャリアの出発点:大学病院での挑戦
――もともと新卒からそのお仕事だったんですか。
いえ、転職して中途入社です。
――その前のファーストキャリアは何でしたか。
ファーストキャリアは、大学病院の厨房スタッフです。
――大学病院の厨房スタッフですか。大学名は出せないと思いますが、どのような病院でしたか。
都内の某大学病院としか申し上げられませんが、中央線沿いのエリアだとだけお伝えしておきましょうか(笑)。
――大きめの大学病院だと、政治家や有名な著名人も利用するようなところでしょうか。そこではどんな業務を担当されていたんですか。
基本的には、調理と盛り付け、配膳を担当していました。
前職では、今のような指示を出す立場にはなかったので、看護師や医師からの「こういう食事を作ってください」という指示を受けて調理していました。
――医師や看護師から指示を受け、それに基づいた料理を作っていたのですね。ちなみに、大学病院の厨房でメニューを作る時、どんな指示が来て、どういうことに気をつけながら作っていたんですか。
栄養士として、指定された栄養素が適切に入っているか、あるいはオーバーしていないかを常にチェックする必要がありました。
また、病院のクオリティーが高かったため、見た目も味も、細部にまでこだわる必要がありました。
予算についてですが、私が調べた限りでは、一般的な病院のお昼ご飯はだいたい一食平均200円ほどの予算で作られているようです。
ところが、私が担当していたのは、その約4倍にあたる800円の予算でした。
一人当たりの予算が高かった分、高級感や味のクオリティ、そして特別感を演出する必要があり、その点は大変でした。
――ちなみに大学病院の厨房でのやりがいとか、楽しい点はありますか。
あまり大きな声では言えないことと、公に言えることはありますが(笑)。
そうですね、いくつかあります。
一つは、「病院の内部構造」を見られる点がよかったです。
いろいろな知識を得ることができる、と感じていました。
- こういう病気には、こういうことを気にしながら献立を作る。
- こういう患者さんには、こういう料理を出す。
というのを実務で学べたのは楽しさでしたね。
私は医師や看護師ではないけど、栄養というところから患者さんの健康や生活に関わる。
仕事の中でお医者様や看護師さんとの交流もあったから、健康面・病気面でのインプットがありました。
あと、患者さんの感想をもらうことが何度もあって。
私のいた病院は、その人の名前や食事の形態、アレルギーの詳細などを書いた紙をお渡しするんですよ。
食べ終わったら、その食札の裏に感想やメッセージを書いて返してくれる方もいて、「これは美味しかった」「あれはいまいち」みたいな話をダイレクトでいただきました。
もし入院したら、そういうことを書いていただくと、作っている人は喜びますよ!

どんな感想でもいただけると、嬉しいです!
――病院の食事は、セントラルキッチンで作ったものを温め直して出すイメージですが、厨房で作っていたんですか?
厨房でほとんど作っていました。
――すごいですね。何人分作るんですか。
一般病棟だと、600から800人くらいです。
私のいた部署は予算高め、いわゆるVIPルームの厨房の配属で、最大でも80人分いくかどうかかでした。
病院厨房でのハードワーク
――そこから今の職場に転職されたということですが、今の職場に行きたいと思った背景は?
まず、転職したかった理由は、病院の勤務が体力的にきつくなったのが一つ。
ハードワークだったんです。
病院の食事って何時から作り始めると思いますか?
朝食の提供は、だいたい7時半、8時。そこから逆算してください。
配膳でだいたい30分、配膳のチェックに30分、盛り付けにおおよそ1時間かかります。
調理はそれを見越してさらに早めに、食べる3〜4時間前から準備しています。
7時半に食べられるようにするためには、朝3時半出勤です。
――終電も始発もない時間ですね。
会社、というか寮に泊まります。
私は自宅から通いだったので、仕事が16時ぐらいに終わって帰って、いろいろして、夜の10時に家を出る。
23時頃に職場に着いて、職場で寝て、朝3時に起きて出勤、のループです(笑)。
日によっては遅番が絡んで、12時出勤で21時に仕事終了。
そこから、翌日が早番だったら23時前に寝て、3時に起きてまた出勤、みたいな。
――ハードですね…
この生活だと自分の自由時間が取れない。
あと、休みの日が大変。
早朝に出勤しなきゃいけないということは、休みの日でも、次の日のために22時に職場に行って寝る……
というのが大変で、今の会社に変えたという話につながるんですけど。
――睡眠時間も短くてきついのに、その体力はどうやってつけたんですか。
- 一つ目は、学生時代に体力作りをしました!
- 二つ目は、現場に出て慣れる!
- 三つ目は、やっぱり現場が楽しいからがんばる!



昔からこんなに頑張れた/体力があったわけでは決してありません!
慣れ&好きなことだからこそです!


結局あまりのハードワークで転職したんですけど。
やりがいは感じてて、仕事自体は嫌ではなかった。
ただ、このままだとどこかで自分が潰れそうだな。
そうなると仕事できなくなるから嫌だな~~という感じです。
シンプルにあのままのスタイルで仕事をしていると風邪をひきそうだなと。それは利用者さんにとってもよくないですからね…
仕事のやりがい
――今の職場のいいところ、やりがいは?
一番感じるのは、前の病院以上にお客さんの声がすぐ届くこと。
今はオープンキッチンなので、入居者の方から見える。
お客さんによっては厨房の様子を見たりする人もいます。
ダイレクトに、
この料理の味付けは美味しかった
味が薄かった
みたいな声をいただけます。
私としては、料理の質を向上させられる機会なので、大変ありがたいと感じています。
もしプラス評価しかない場合、改善の機会が生まれません。
改善がなければ、いつか大きな問題につながってしまう。
マイナス評価を常にいただき、それをプラスに変え続ける
この変化のプロセスがあるからこそ、仕事は楽しいと感じます。
昔の自分へ
ここからは「昔の自分」について、お話ししてもらいました。
過去の自分への振り返り:手段をゴールにしていたことへの不安
――今のしおんパイセンから見て、進路に悩み、自分の進路に向き合うことや、成長・変化に恐怖があった頃の自分は、どんな不安でエネルギーダウンしていたと思いますか。


一言で言うなら、手段をゴールにしていたから、です。
大学に進学し、就職することがゴールだと考えていました。
その先が見えなくて怖くなり、不安になったのです。
もし、ゴール達成後に「どうしたいか」までを考えられていたら…進路を考える時間は、もっと楽しい時間にできていたと思います。
――なぜ手段をゴールにしてしまったんだと思いますか…?
周囲の環境が大きな要因の一つでした。
自分の親はそうでもないのですが、自分が生まれ育った地域が割と学歴至上主義な環境で。
「低い評価の大学に進学してはならない」という感覚が、幼少期から知らず知らずのうちに刷り込まれていったのです。
世間や当時の自分の中にもその認識があったため、完全に主観の世界のなかで(実情とは関係なく)
・その当時の私の目から見て、低い評価の進路に進もうとしている自分
・もっといえば、安定から離れた、失敗の可能性の高い選択肢を進もうとしている自分
という安定を失い=失敗することへの不安があったのだと思います。


当時の自分にかける言葉
――もし当時の自分が目の前にいて「しんどい、苦しい」と言ったら、どんな言葉をかけますか。
当時の自分が聞いたら、びっくりするくらいには厳しい言い方になるかもしれませんが・・・
まず、正論をお伝えします。



「お前は何がしたい?を考えよう」
「どうしたらそれをできるようになる?」
「自己分析しようぜ」
です。
――当時の自分は反論したり、踏み切れなかったはずですが、やってみるに踏み切れたタイミングは?
私は追い込まれないと行動できないタイプでもあり、進路を決めなければならない状況に追い込まれたからこそ、深く自己と向き合えました。正直なところ、そのように決めるやり方は、見切り発車になりやすいので、あまり推奨できません。
――締め切りに追われずに決められたとしたら、何があれば踏み切れたと思いますか?
やりがい、つまり「これをして何をしたいか」を早いうちに見つけられていたことです。
自分の場合「栄養士・調理師として、もっと人に美味しいもの、健康的なものを提供したい!」という目的をつくることができ、それに向けて進むことができました。
それと同じように、これを読んでいる進路に悩む10代の方々にも
まず、「こうなったら、こうしたい」というゴールを明確にして、
そして、そのゴールへ進むために集中してほしいです。
家の手伝いから世界を知る
――当時の自分がゴールを明確にするために必要だったことは何だったと思いますか?
いろんな職業を見る。
そして、いろんな世界を見る。
これに尽きると思います。
とはいえ、当時の悩める10代だったころの自分を思い出したときに…いきなり
- 「広い社会を見ろ」
- 「いろんな大人と出会え」
というアドバイスはハードルが高すぎる!
…と思うのです。
当時の自分でもギリギリできる範囲で、いろんな職業を見て、世界を見るためのスモールステップは何か。
それは
家の手伝い
だったと思います。
家の中にあるものを使って、家の中で何か作業をする。
家の中にあるものも、家の中での作業も、いろんな職業に、世界につながっている。
例えば、
洗濯や、洗濯物を畳む作業からクリーニング業界へ
調理から栄養士へ
刃物や什器から、ものづくりへ
窓サッシや家電から、工業へ
といった具合です。
家の手伝いをどんどんして、気になることから調べてみるのもいい。
まず家の中のお手伝いを通して、いろんな業界や仕事を想像できる糸口を見つけていく。
その上で、高校や塾など様々な機会を通じて大人と接していくのが、無理のないスモールステップだったんじゃないかと考えます。
“悩める10代”の皆さんへ
――最後に、現役の受験や進路に”悩める10代”の皆さんに、アドバイスをお願いします!
『好き』を原動力にしてほしい



そして好きを見つけるためのとっかかりとしてー
まず家のお手伝いをしてみよう。
できれば、親御さんに料理を作ってあげてみてください。
それが難しければ、ご自身の料理を作ってみてください。
スーパーに行って自分で野菜を選んで買ってください。
料理を作ることに慣れたら塩やスパイスにこだわってみてください。
そこから世界は広がります。










